グリーンスチールとは?日本の現状と企業の先進的な取り組みを紹介
2022.5.30

グリーンスチールとは、温室効果ガスを極力発生しない方法で製造された鉄鋼です。鉄鋼業は排出する二酸化炭素の量が多く、鉄鋼業の脱炭素化に成功すれば、今後の脱炭素社会への大きな一歩となります。
この記事では、グリーンスチールの概要から、グリーンスチール製造への取り組みなどについて詳しく解説します。
グリーンスチールとは?
グリーンスチールとは、温室効果ガスの発生しない方法、あるいは温室効果ガスの発生が極めて少ない方法で製造された鉄のことです。製造工程における温室効果ガスの発生を抑えた金属には、グリーンスチール以外にもグリーンアルミニウム、グリーンカッパー、グリーンステンレスなどがあり、これらを総称して「グリーンメタル」といいます。
グリーンスチールが必要とされる理由
2020年10月に、当時の総理大臣であった菅義偉総理は、所信表明演説において、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル=脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しました。
カーボンニュートラルについては、「カーボンニュートラルとは?目的や取り組み、机上事例も含めて解説!」をご覧ください。
温室効果ガスの発生量を減らすためには、鉄鋼業の脱炭素化が重要です。鉄鋼製品は、自動車、産業機械、土木、造船など、多様な産業に利用されています。鉄鋼製品の基となる粗鋼の生産量は、世界で18.7億t、そのうち日本では0.99億tで世界第3位の生産量となっています。また、日本の鉄鋼製品は高品質で海外にも多く供給されています。
二酸化炭素の排出量という観点では、日本の鉄鋼業は、国内の産業部門が排出する二酸化炭素の40%を占めており、製鉄プロセスで排出される二酸化炭素を削減すること、即ちグリーンスチールの開発は、カーボンニュートラル実現のための非常に重要な課題です。
鉄鋼業界では、二酸化炭素の排出量を削減するため、後述する水素還元技術などによる製造プロセスのイノベーション、製造工程での省エネルギー化、構造物の長寿命化に貢献する製品耐久性の追求や高張力化による鋼材使用量削減などの様々な取組みが行われています。

グリーンスチールを製造する仕組み
従来の製鋼プロセスでは、大量の二酸化炭素が発生します。
現在、日本で広く利用されている製鋼方法は、「高炉製鋼法(間接還元法)」と言われるもので、鉄鉱石から酸素を除去(還元)するために、鉄鉱石(金属原料)と合わせコークス(還元剤、燃料)を高炉に投入して、燃焼させます。この際、コークス(炭素)の燃焼により大量の一酸化炭素と二酸化炭素が発生します。
一方「直接還元法(直接製鉄法)」と呼ばれる方法では、天然ガスを使用して鉄鉱石を固体のまま還元し、そのあとで電炉に移して処理します。コークスを使わないため、二酸化炭素排出量を抑えられますが、電炉は高炉に比べて不純物の除去が難しく、不純物濃度の高い低品位の鉄鉱石は使用できません。また、鉄鉱石の還元を一つの炉で行わないため、高炉法に比べてエネルギー効率が低いというデメリットがあります。
日本は天然ガスに乏しいため、直接製鉄法による生産を行っている企業はなく、高炉製鋼法(間接還元法)が採用されています。一方、中東など天然ガスが比較的安価に入手可能な地域では、直接製鉄法が主流となっています。
これらの製鉄方法に対し、二酸化炭素の排出量を削減する方法として、スクラップを主原料とする電炉法がありますが、高炉で発生する二酸化炭素を回収・利用・貯留する方法(CCUS)、「水素還元製鉄法」なども研究・開発されています。水素還元製鉄法では、コークスや天然ガスの代わりに水素を還元剤・燃料として使用することで、二酸化炭素の排出を大きく低減することが可能です。
水素還元製鉄は、技術がまだ確立されていませんが、カーボンニュートラルの実現に向けて技術開発が加速され、製鉄工程において排出される二酸化炭素が大きく削減されることが期待されます。

日本でのグリーンスチール製造に向けた取り組み
日本では、鉄鋼業から排出される二酸化炭素を削減するために、世界に先駆けて「水素活用還元プロセス技術(COURSE50)」の取組みが2008年に開始されています。
日本で採用されている高炉製鋼法(間接還元法)において、コークスを燃焼させる際に、高炉から排出されるメタンガスから水素を取り出し、その水素を鉄鉱石(Fe203)に含まれる酸素の還元剤として使用する技術(高炉水素還元技術)です。
この方法では、高炉にコークスを投入するため、コークスによる酸素の還元により二酸化炭素が発生しますが、COURSE50ではこの二酸化炭素を分離・回収する技術(化学吸収法によるCO2分離回収技術)が利用されています。このとき、分離・回収に利用されるエネルギーは、製鉄所内で使われずに廃棄される低温の熱エネルギー(未利用低温排熱)です。また、コスト競争力のあるレベルで水素を製造することが困難なことから、高炉製鉄法で水素を用いる技術はこれまでにありませんでした。
COURSE50では、水素還元の実現に向けての技術課題を乗り越えるための挑戦を行っています。COURSE50では、二酸化炭素を約30%削減することを目標にしています。
これらは、まだ実用化に至っていませんが、実機の1/400規模の試験高炉において実験がなされており、二酸化炭素の排出量が削減可能であるとの検証結果が出ています。COURSE50では、2030年には商用第1号機の稼働、2040年代半ばには水素だけで鉄鉱石を還元する技術を社会実現することを目標としています。
一方、欧州の鉄鋼業では、高炉を廃止して水素直接還元法+電炉への移行を段階的に進めていく動きがあり、鉄鋼各社は、水素直接還元法+電炉による商用プラントを、2025年~2030年に運転開始する計画です。
また、需要側では、自動車メーカー各社が脱炭素製鉄技術や企業への投資を行うなどの動きを見せています。例えば、BMWは2025年から水素直接還元法とグリーン電力を用いた電炉で生産したグリーンスチールの調達を予定しており、2030年までにBMW欧州工場向け鋼材使用量の4割以上をグリーンスチールとする方針を打ち出すなど先行した動きを見せています。
先述の通り、日本でCOURSE50が開始されたのは2008年ですが、実用化の目標が2040年代半ばですから、この点で日本と欧州との乖離が見られます。
技術開発における課題
高炉法、直接還元法、水素直接還元法の特徴や課題は以下の通りです。
特徴 | 課題 | |
高炉法 | ・高いエネルギー効率 ・低品位の鉄鉱石も使用可能 ・不純物除去により高品質な鉄鋼が生成可能 ・現状コスト面で有利 | 二酸化炭素排出量が多い |
直接還元法 | ・高炉法よりも二酸化炭素排出量が少ない | ・不純物除去が困難なため、高品位の鉄鉱石を使用する必要がある ・高炉法よりもエネルギー効率が低い |
水素還元法 | ・製鋼プロセスにおいてグリーン電力を活用すれば、酸化炭素排出量をゼロにすることが可能 | ・運用には低コストかつ十分な脱炭素電力が必要 |
水素供給体制、サプライチェーン構築の課題
水素還元製鉄では、安価な水素を大量に確保する必要があります。しかし、高炉法で使用するコークスと比較して、安価な水素を安定供給することは現在のところ、難しい状況です。また、水素の供給に目途がたったとしても、その水素を流通させるためのインフラ整備がまだ進んでいません。
当面は、天然ガスなどの既存輸送インフラを活用することも可能ですが、水素用の新たなインフラ投資が必要です。そのために、日系企業はグリーンスチールの環境価値が適切に評価される社会を構築していき、ほかの産業と連携して、トータルコストの削減を図るとともに、サプライチェーン全体でコストを負担していく仕組みを考えなければなりません。

水素還元製鉄の技術確立までの移行期の対応
日本では、水素還元製鉄の実用化が欧州に比べて遅れていることから、水素還元製鉄の技術が確立され、商用プラントが稼働するまでの移行期間には、需要家は欧州からのグリーンスチール調達を検討に加えることや、カーボンクレジットを活用することも選択肢の一つとなります。2050年カーボンニュートラルの実現に向けては、水素還元製鉄技術の開発状況を見極め、二酸化炭素の排出量を削減するための代案を併せて検討しておく必要があるかもしれません。

企業の先進的な取り組み事例
現在、世界的に様々な企業が温室効果ガスの削減努力をしています。ここからは、企業の取り組み事例を紹介します。
BMW
BMWは2022年2月2日、Salzgitterと2026年からグリーンスチールを調達する契約締結を発表しました。Salzgitterはドイツの鉄鋼メーカーであり、石炭(コークス)の代わりに水素を使って鉄鉱石を還元する(水素還元法)や、電力に再生可能エネルギーを用いるなどして、二酸化炭素の排出量を従来の5%にまで削減する計画です。
BMWは他にも2025年より、スウェーデンの新興企業H2 Green Steelとも調達契約を結んでいます。H2 Green Steelは2020年に創業した新興企業で、スウェーデン北部のNorrbottenにプラント建設を計画しております。水力、風力などの再生可能エネルギー由来のグリーン水素を活用した鉄鋼を販売する予定であり、鉄鋼生産過程の排出する二酸化炭素量を最大95%削減できるとのことです。
BMWは欧州工場での鋼材使用量の40%以上をグリーンスチールに切り替え、年間40万トンの二酸化炭素削減を目指すとしています。
シェフラー
自動車メーカーのみならず、ドイツの大手自動車部品メーカーのシェフラーも、2025年以降、H2 Green Steelから年間10万トンのグリーンスチールを調達する予定です。これにより、年間20万トンの二酸化炭素を削減できるとしています。
またシェフラーは、2025年までには自社工場の75%、2030年までに自社工場のすべてについて、実質的な温室効果ガス排出量をゼロにすることを目標として掲げています。
以上、グリーンスチールについて解説しました。
鉄鋼業はほかの産業と密接に関連しており、また産業全体で排出する二酸化炭素が多いため、安価なグリーンスチールの製造ができれば、日本の産業全体にとって大きな利益になります。今後のさらなる技術開発が期待されています。